聞き流して.. [Message]

バイブル 聖書 メッセージ 教会 礼拝 新約 旧約 福音 ocarina gospel

「聞き流して」マルコ 5:34

櫛田 猛 担任牧師

 今日の個所はイエス様が信じ続ける事、祈り続けることを励ましてくれているところです。私たちは一瞬信じる事は出来る。数日数か月信じる事も出来る。でも何年も何十年も信じ続け、祈り続けるのはとても難しい。

 よく「信じるだけで救われるなんて簡単でいいですね」と嫌味を言われます。でも信じ続けることがどれだけ難しいか、やってみると分かります。途中でもういいやとあきらめたくなる。いつの間にか祈ることをやめてしまう。何事も続けるというのは難しいものです。祈り続けることが出来ない弱さをイエス様は知っています。信じ続けることが出来なくなっている人をイエス様は強めようとしています。信じ続ける先に恵みがあることを分かち合いたいと思います。

 今日の個所でイエス様に出会った2人には共通点があります。どちらも絶望の淵にいたということです。ヤイロという男性は娘が死にかけています。名前も分からない女性は病気で、治療に全財産を使い果たして無一文です。12という数字も共通です。ヤイロの娘は12歳。女性の病歴は12年。この絶望の中で、二人はイエス様に同時に出会ったのです。

 ご家族を亡くされた方でキリスト教に反感を持たれる人がいることを知っています。何故かというと祈ったけれど病気が治らなかった。信じていたのに生き返らなかった。それなのに聖書は信じて祈れば病気治る。死んだ人も生き返るとあまりにも簡単に軽く書いてあるように思える。普通に読んだら腹が立つのが自然だと思います。

 クリスチャンの中には、家族の病気が治らないのは自分の信仰が足りないからだと自分を責めてしまっている人もいます。病気が治ったのは信仰が強いからで、治らないのは信仰が弱いからだなんて事をいう人もいます。

 信仰は魔法や呪文じゃありません。自分の精神力の強さでもありません。信仰はイエス様との信頼関係です。信仰の強さはイエス様との信頼関係の強さです。病気が治るのも大切です。でも病気が治らない事を受け入れる方が強い信仰が必要です。それでもイエス様を信頼するのですから。治る治らないを主に委ねる。これが信頼の強さです。

ocarina gospel sanbi

 イエス様はこの二人に信じ続ける事を求めました。この女性は12年間病気でした。医者に騙され続け、全財産を使い果たし、病気は悪くなっていたのです。でもその中でもこの女性は神様を信じ続けたのです。ではマルコ5:25-28を読みたいと思います。

マルコ5:25-28
さて、ここに十二年間も出血の止まらない女がいた。多くの医者にかかって、ひどく苦しめられ、全財産を使い果たしても何の役にも立たず、ますます悪くなるだけであった。イエスのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、後ろからイエスの服に触れた。「この方の服にでも触れればいやしていただける」と思ったからである。

 この女性は、この方の服に触れればきっと治ると思ったと書いてあります。ものすごく独りよがりな思い込みです。聖水を飲んだら病気が治ると信じるとか、パワースポットに行けば治ると信じるのと同じじゃないかと思うと、ずいぶん違います。信仰はイエス様との信頼関係ですから。聖水もパワースポットもイエス様と関係ない。イエス様と直接の触れ合いの中で奇跡は起きるのです。私たちは礼拝の中で、賛美の中で、祈りの中で、直接イエス様から触れられることがあるのです。

 この女性は独りよがりに思い込んでいた。思い込んでいただけではなくて「言い続けていた」と書かれています。昨日今日思いついた信仰じゃないのですね。何日か何か月か、自分を励ますように彼女はずっと自分に言い聞かせていたのです。お金が無くなっていく中で、病気がどんどん悪くなる中で、もう絶望するしかない中で、それでもずっと信じて言い続けたのです。

 

 イエス様は彼女に「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」と伝えました。とても嬉しかったと思います。たくさんの人がイエス様に触っていたのに、イエス様は彼女のタッチにだけ反応した。これまでたった一人で信じ続けていた信仰(祈り)をイエス様が受け止めてくれたのです。一つ目の分かち合いです。イエス様は私たちの信仰(信頼)もちゃんと受け止めていてくれていると信じていいのです。

イエス キリスト 聖書 バイブル メッセージ 教会 礼拝 楽しい 恵み 癒し 愛し合う

 この女性とのやり取りの最中にヤイロの娘が死んだという知らせが入りました。ヤイロはイエス様の胸倉をつかみたかったのではないかと思います。そこでイエス様は考えられないことをヤイロに求めました。ではマルコ5:36を読みましょう。

マルコ5:35-36
イエスがまだ話しておられるときに、会堂長の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」イエスはその話をそばで聞いて、「恐れることはない。ただ信じなさい」と会堂長に言われた。

 まず驚いたのは、イエス様が「その話を聞いて」とありますが、もともとの言葉は聞き流したという意味。イエス様は娘さんが死んだという話を聞き流したのです。ヤイロもみんなも娘が死んでしまったらもう終わりと考えました。これが普通です。でもこれはマインドコントロールされているという人がいる。死ねば終わりという私たちの常識をイエス様は聞き流してしまう。死んで終わりじゃない。イエス様はその世界にヤイロを導いたのです。

 そしてヤイロにどんでもないことを求めました。こういう言葉でした。「今恐れる事を止めなさい。そして信じ続けなさい」。イエス様は絶望の真ん中にいる人に恐れる事を止めて、信じ続ける事を求めたのです。

 ここまでの信頼を求められるのです。イエス様が約束ならここまで信頼していいのです。自分の信頼はとても小さいと思います。絶望のど真ん中でも恐れなくていい。イエス様との信頼関係から生まれる信仰はこんなにも強い力を与えられるのです。

 聖書のある方は41節を見て下さい。イエス様は死んでしまったヤイロの娘に「タリタクム」と呼びかけました。これはアラム語です。イエス様たちの言葉。「娘よ、起きなさい」。この言葉は特別だと思います。いずれ主の日が来ます。その日には先に召された人が復活するのです。聖書は死の事を「眠っている」と言います。イエス様が眠っている人を起こしてくれる。その時、きっとこの言葉で起こされるだろうと言う人がいる。「タリタ」が娘よ、で「クム」が「起きなさい」です。だからその日にはイエス様が手を取って、「タケシ、クム」と言って下さるのかも知れません。この聖書に書かれている奇跡は将来の私たちの姿かも知れないです。

 絶望の中でも信じ続けた女性にイエス様は「あなたの信仰があなたを救った」と伝えて、今絶望の中にいる人に「信じ続けなさい」と励ましているんです。イエス様は私たちにも同じ事を言って下さっているのだと思います。状況が悪くなっても信じ続けない。信じ続ける私たちの祈りをイエス様が受け止めて下さる。それを信じ続けていきましょう。

日立キリストの教会のHPはこちら

イエス キリスト 聖書 バイブル メッセージ 教会

日立キリストの教会 2018年8月5日 礼拝メッセージ

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

心の休みOcarina Gospelを後援する♡

スポンサー 後援 募集 音楽 活動 宣教 オカリナ 賛美